An Interview with Azusa Hieda, Director of Summer Wedding [Osaka Asian Film Festival 2022]

Azusa Hieda Landscape Shot

Azusa Hieda’a short film Summer Wedding received its World Premiere at the Osaka Asian Film Festival 2022 where it was one of the few films to directly use the Covid-19 in its narrative. In her work, writer/director Hieda utilised social isolation during the pandemic to offer a space for two lovers, a bride (Rika Kurosawa) and her groom (Daiki Nunami), to change their lives in unexpected ways. Between a strong set and acting that carried emotions undercutting what should have been a happy event, audiences are able to read between the lines and experience a story rich in contrasting emotions.

A graduate of the Department of Broadcast Film Studies of Visual Arts Osaka, Hieda has worked on one short, Fuyu no Aka and a number of trailers. To explain more about her latest work, she took part in an email interview in Japanese and English. This was done with translation by Takako Pocklington.

The Japanese-language interview is followed by the English.

 


Japanese

ヒエダさん、この映画を作って下さってありがとうございます。また質問に応じて下さりありがとうございます。

細部にまでこだわったセット、深く心揺さぶられるような黒澤リカさんの演技で、作品の世界にじっくりと浸ることができました。この映画は、その行間に深い想いが込められており、それが控えた表現で描かれています。主人公の人物像と映画の背景について、もう少し知りたいと思います。この作品について、詳しくお話しいただけたら嬉しいです。

映画監督になろうと思われたきっかけは?

ライブカメラマンを志して映像関係の専門学校に入学しました。

授業の一環で映画を制作する際に、役職決めでクラスメイトが遠慮して選ばなかった「監督」が余ってしまい、講師の先生に監督をやるように勧められたのが映画監督を始めたきっかけです。

私は当時、年間2本程度しか映画を観ないほど映画に関心がなく、映画はジャーナリズム的なものという認識を持っていました。しかし、監督を始めたことを機に沢山の映画を観たり、映画を制作していく中で映画は自己表現手段の一つでもあることを知りました。元々音楽などで自己表現をしていたこともあったのでその感覚で、ライブカメラマンになることそっちのけで映画制作にのめり込んでいきました。

このコロナ禍は、映画製作者としての監督にどんな影響を与えましたか?この作品のアイデアはどこから湧いてきたのでしょうか?

コロナが流行する前の2019年頃、私にはゆっくりと今後の創作活動や自分の人生について考える時間が必要だと感じていました。しかし、前に進み続ける周りの人を見ていると、考える時間を作るために足を止めることを怖く感じていました。そんな思いからコロナが流行する直前の私はパンク寸前でした。

コロナ禍になり強制的に世の中の動きは止まり、私はやっと足を止めることができ、久しぶりに肩の力を抜くことができました。立ち止まった時間の中で、いろんな物事に向き合い考えることができ、結果的にコロナ禍は私にとって自分自身を見つめ直す大切な時間になりました。

私自身、コロナの影響で勤めていた映像制作会社を解雇されるなど大変なこともありましたが、コロナ禍という停滞した時間が私たちに与えた影響は悪いものばかりではないと思っています。

コロナ禍による大変な出来事も多いですが、長い目で見た時に人生においてとても貴重な時間であると体感したので、そのことを形にしたいと思いこの映画を制作しました。

「コロナがなかったら、こんなことにはならなかったんだよね」というセリフが映画の中に出てきます。他人事としてみると、“一緒にいないけど一緒”というのはロマンチックに響きます。でも日常生活という現実に阻まれ、この二人は恋愛を全うすることが難しくなっています。特に、その片方が日常生活に引き戻される状況なのでなおさらです。監督がこの作品で、恋愛観そのものを覆そうとされたところが好きです。

この二人の関係は他者を傷つけてしまう可能性があるので、傷つく人が一人でもいるのであればあまり良くない関係性だと私は思っています。なので、私自身は従来の恋愛観を覆すことで、この二人の関係性が新たな恋愛観であると定義するつもりはありません。

ただ、一般的に否定的に捉えられてしまう事柄でも創作の中では肯定的に考え、描くことを意識しています。

この二人の関係性も世間では否定的なもので、主人公は悪いことをしています。ですが、観客は物語の終盤にはわずかでも主人公のことを憐れむと思うんです。このように物事の善悪を除いてはじめて湧いてくる感情があると思います。それは現代を生きる上でとても大切な感情だと思っています。

否定的な物事に直面したとしても、とりあえず善悪を抜きにして人の心で物事を感じ取ることができれば、もう少し生きやすい世の中になるのではないかと思います。

Summer Wedding Film Image Rika Kurosawa

この作品には隠れたテーマが色々とあります。観客は、この主人公がどういう女性なのかというのを、彼女を取り囲むもの、その建物や調度品が醸し出す重たい空気、から感じ取ることができます。どうやってあの建物を見つけられたのか、そしてあの建物や調度品・装飾品をどうしてこの作品に使おうと思われたのか、聞かせていただけますか?

建物の選定に関してはこれといったエピソードはなく、立地や予算など様々な条件を鑑みて、レンタルスペースとして貸し出されていたあの古民家を選びました。

制作費が少なかったため美術に拘ることができず、物の少なさの口実として「取壊し前の家」という設定をつけました。このように制限された環境の中で脚本を練り、主人公の生い立ちなどを固めざるを得ませんでした。しかし、それが結果としてこの映画の閉塞感を生んだように思うので、この映画を制作する上では良い環境だったのかもしれません。

調度品を選定するにあたって古民家にあった家具を一つ一つを眺めて、主人公やその家族を通してどのような思い出がこの物達に宿るのかを想像しました。主人公が母の話をしながら、触っているドレッサーは古民家に備え付けてあるものです。あれは過去に主人公の母が使用していたドレッサーという設定ですが、ドレッサーを通して父の遺影、父に電話をかける主人公を映すことで、この家で暮らしていた一家を見せることを試みました。

玄関のシーンで彼が家を出る際に蚊取り線香の煙が映りますが、あの悲しいシーンの中で主人公の傍に父を感じさせたいと思い、仏壇に手を合わせるシーンで印象付けていた線香をこのシーンでも使うことにしました。

主人公にとって、本音を伝えられる方法の一つは、父親に電話をすることです。あの部分は『風の電話』に影響されたのででしょうか

私が風の電話の存在を知ったのはこの脚本を書いた後だったので、それまではその存在を知りませんでした。

繋がらない電話に語りかける行為を奇妙に感じていた部分もあったので、実在する風の電話を知った時、大切な人を亡くした際にどうしようもなくその人に語りかけたくなる気持ちは誰にでもあるものなのかと感心した記憶があります。

結婚式でよく使われるからという理由以外に、パッヘルベルのカノン・ニ長調が使用されているのには何か特別な理由があるのでしょうか?それから、エンドクレジットでの演奏では弾き間違いがあるように思えたのですが、あれは意図的なものでしょうか、それとも演奏のスピードと何か関係があるのでしょうか?

この映画の最初の観客である私自身にとって一番心地よいと感じる曲を選びました。カノンはクラシックの中で一番好きな曲なので、この映画にカノンが流れたらより感慨深い作品になると思いました。

エンドクレジットで流れるカノンは、主人公の心情や映画自体の不安定さを演出するためにわざと下手に弾くように依頼しました。

カメラアングルは、あのセットを – 例えば廊下など、線を強調しています。線というのは、スクリーンを分割するのによく使われるのですが、あの二人がその線によって分断されているようです。ビジュアルデザインについて少し聞かせてください。

物語の尺が短いので主人公と彼や、主人公とその父の関係性を、フレームの中にフレームを作ったり線を強調する形で、物語と同時進行で演出する必要がありました。それらのビジュアルデザインを通しての演出方法はエドワード・ヤン監督や小津安二郎監督の画作りを参考にしました。

また、美しさと醜さは表裏一体だと思っているので、ラストシーンの汚れた排水溝のように、醜いものも恐れずに撮ることは画作りにおいて大切にしています。

黒澤リカさんは、全身全霊であの役を演じられていました。どういう経緯でこの女優さんを見つけられたのか、どうして今回の役に彼女が選ばれたのか、また一緒にお仕事されてみてどうだったか、お話いただけますか?

黒澤さんとは以前にも一緒に映画を撮ったことがありました。その際に相性の良さを確信していたので、この役もきっと彼女なら演じ切ってくれると思い殆ど当て書きで脚本を書いて依頼しました。

以前の映画制作で既にお互いを信頼し合っているところから今回の映画を制作することができたので、過度に気を遣い合うこともなく意見を交換し合いながら良い関係性で撮影することができました。

あの主人公の感情の変化を出すのに、現場でどのような演出をされたのでしょうか?

事前にリモートで本読みは行っていましたが、コロナ禍の影響もあり対面で稽古をすることができず、演技を合わせたのは撮影当日の限られた時間でした。殆どぶっつけ本番のような撮影だったので、役者さんに対する演出はそこまでできませんでした。幸いなことに、役者さんがしっかりと役を作り上げてきてくださってたので、私は微調整をした程度です。映画の登場人物のことは最終的には監督以上に役者さんのほうがより深く知ることになると思っているので、このように役を役者さんに委ねることにそこまでの不安はありませんでした。

ただ、事前に役者さんへの演出が行き届かない可能性があることも想定して、調度品や装飾品などに拘り、登場人物の感情表現を補う措置はとっていました。

あの主人公にハッピーエンディングがあればいいなと思います。彼女の人生はこれからどのように変わっていくと、監督は思われますか?

日本には「足を洗う」という「好ましくない行為をやめる」ことを意味する慣用句があります。この映画のラストシーンで主人公がシャワーで足を洗うのは、過ちから足を洗い前へ進もうとしていることを意味しています。

彼女はしばらく辛い日々を送るかもしれませんが、この日彼女が下した決断はいつか報われると思っています。コロナ禍で大変な思いをされた方々が下した苦渋の決断がいつかは必ず報われるのと同じように。


Summer Wedding Film Poster

English

Thanks for making the film. It was an involving experience thanks to all of the details of the set and the deeply moving performance of Rika Kurosawa. It is rich with subtext and subtle in how it is used in the film. I wanted to know more about her character and the background of the film and hope you can explain more about your work. 

What inspired you to be a filmmaker?

I entered a college for visual arts with the intention of becoming a live cameraman.

There was a film making class as a part of the course curriculum and there was an extra role for “director” which my classmates were too shy to do so my tutor encouraged me to take the role. From there, I started making films.

I was not so interested in films, at the time, as I watched only a few films a year and I had the perception that films are journalistic in nature. However, after taking the opportunity, I started watching films more and I learned that they are a means of self-expression by actually making them. As I used to express myself through music, I felt like my method of self-expression had just shifted from music to filmmaking and I allowed myself to become absorbed in filmmaking while putting my initial dream of becoming a live cameraman aside.

Can you talk about how the pandemic affected you as a filmmaker and where the idea for the film came from?

Not long before the Covid-19 pandemic, I was yearning for time to think properly about my future creative activities and my life. However, I was scared to stop everything to make time for contemplation while people around me kept moving forward with their lives. I was so overwhelmed with everything.

Once the pandemic hit, the whole world was forced to stop all activities, consequently, I was able to stop and relax for the first time in a while. The downtime allowed me to contemplate and face things, and at the end of the day, I found that the Covid-19 pandemic allowed me to have precious time for self-reflection.

Although I experienced various troubles due to Covid-19, such as being let go from the video production company due to the pandemic, I think that the downtime didn’t have a totally negative impact on our lives.

Although Covid-19 has caused many serious incidents, from a long-term perspective I think that the time I experienced during the pandemic will have been valuable. That is why I made this film, because I wanted to give form to that experience.

One of the lines in the film is, “if it weren’t for Covid, we wouldn’t be here.” From the outside, two individuals being “isolated together” sounds romantic but the practicalities of real life make romance difficult to achieve, especially as one has demands pulling them away. I liked the way that you subverted all romantic notions with this film.

Their relationship could hurt others around them, and I think it is wrong if their relationship hurts someone. I don’t have the intention to define their relationship as a new romantic notion by subverting the traditional view of love.

However, I always try to think and portray things positively in my creations, even if they are generally perceived negatively.

Their relationship is perceived negatively in society, and what the protagonist is doing is morally wrong. Still, I believe that audiences will sympathise with her, if even slightly, towards the end of the film. I think that we all experience some feelings beyond moral obligations and that these feelings are significant for living in modern society. Even if we are faced something negative, if we can perceive it with our hearts without any prejudice, our society would be a more comfortable place to live in.

There is a lot of subtext going on. The viewer is able to intuit a lot about the main female character through her surroundings which carries a heavy atmosphere due to the building and objects in it. Can you elaborate on how you discovered and then why you decided to use the building and the set dressing?

In terms of the choice of the building, I don’t have anything particular to mention. I chose the old-fashioned house, which was rented out as a rental space, based on conditions like location and budget.

I needed to compromise visual design as the budget was tight, so there are hardly any objects in the house. To make up for that, I set it up as “a soon-to-be-demolished house”. There was no choice for me but to write the script and create the protagonist’s background under limited circumstances. However, as a result, these restricted conditions enabled me to create a claustrophobic atmosphere in the film. So, it might have been a good circumstance for making this film.

When I selected the items, I tried to imagine what memories of the protagonist and her family dwelt in those objects while checking each piece of furniture in the house. The dresser she touched whilst talking to the fiancé about her mother came with the house. In the story, the dresser was used by her mother in the past, but I tried to render through it how the family had lived together in the house by showing the photo of her deceased father and capturing her on the phone speaking to him.

You will see the smoke from the mosquito coil in the scene of her fiancé leaving the house. In the sad scene, I wanted to bring out the sense of the presence of her father beside her. The smoke from the mosquito coil connects to the incense smoke from the Buddhist altar at which she prayed for her father.

One of the ways that the main character is able to get across that subtext is to phone her father. Was that inspired by the “phone of the wind (風の電話)”?

It was after having finished writing up the script that I found out about the “phone of wind”. I didn’t know of its existence before that.

As I wasn’t convinced about her talking on an unconnected call, I was astonished when I found out about the actual “phone of wind” and that others who had lost loved ones would feel the urge to have a conversation with the deceased that way.

Was there any particular reason to use Pachelbel’s piece Canon in D Major beyond it being popular in weddings? Also, it felt as if the rendition had mistakes in the end credits. Was this deliberate or more to do with the speed it was played at?

As the first audience of the film, I chose the piece I felt most comfortable with. Pachelbel’s Canon is my favourite work in classical music, so I thought it would make the film more emotional if it were played.

As for the rendition of Canon’s piece played in the end credits, I asked the pianist to perform poorly on purpose to convey the protagonist’s emotional turmoil and the uncertainty of the film itself.

The camera angles highlighted lines in the set – doorways etc. Lines frequently bisect the screen and the two characters are separated by them. Can you talk about the visual design a little?

As the film is short, I needed to elaborate on illustrating the relationship between the main character and her fiancé and between her and her father by using a frame within a frame technique or emphasizing the lines while the narrative progressed. As for the directing style through the visual design, I referred to the visual style of Edward Yang or Yasujiro Ozu.

As I perceive beauty and ugliness are two sides of the same coin, I consider it important for the visual design that I shoot something ugly without being afraid, such as the dirty drain in the last scene.

Rika Kurosawa’s performance is the heart and soul of proceedings. How did you find her, why was she chosen for the role, and what was it like working with her?

I had made a film with Kurosawa before. I felt sure that we had a good rapport at the time, so I thought she could portray the main character perfectly and so I wrote the script whilst thinking about her.

We had already developed trust between us and consequently we were able to shoot in a relaxed manner while exchanging our ideas without worrying about each other.

How did you work through the various shifts in emotion in her character while on set?

We had a remote table-read but couldn’t rehearse earlier in person due to Covid-19. We rehearsed for a limited time on the day of shooting. Since the filming was almost spur-of-the-moment, I couldn’t direct the actors to the extent that we might have liked. Luckily, all actors were well prepared to play their characters, so I only made slight adjustments. I usually think that actors will develop their understanding of the characters much deeper than directors, so I had no concerns regarding depending on the actors to shape the characters.

However, I had anticipated the possibility of not being able to direct the actors properly beforehand, so I prepared the detailed set dressing to aid in conveying the characters’ emotions.

I want to imagine a happy ending for her character. How do you think her life will change?

In Japanese, there is the idiom “Ashi-wo-arau” which literally translates as “wash off one’s feet”, to describe an action for cutting off one’s ties with something objectionable. The main character washed her feet in the shower in the final scene. It means that she was letting go of the indiscretion and has decided to move on.

She might have a tough time for a while after this, but I think the decision she made on that day will prove to be right sometime in the future. Just like that the painful decisions made by people who suffered due to Covid-19, will be proven right someday.

This interview was first published on V-Cinema on June 24.

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